空手道辻堂道場のブログ

神奈川県藤沢市辻堂にて空手の道場をやっております。 武道の心を皆様の人生に活かしていただきたいと願っております。 道場生の皆さんは真剣に楽しく稽古に励んでおります。 とても良い雰囲気の道場です。 競争や優劣の争いではなく、心を重視し、基本・型を中心に稽古しております。 よろしければ共に稽古しましょう。 お待ちしております。

世界中でコロナ禍が終息してきています。

各国もこの流れを受けて制限を大幅に緩和しました。

今や感染対策は無意味であると世界中が認め「コロナと共存する段階に入った」と宣言していますが、残念ながら日本だけは今も頑なにマスク社会を続けています。

どう考えてもおかしな状況になっています。

象徴的なのは飲食店などでは店内で誰もマスクをせずに密で談笑していますが、食事が終わり外に出ると密でもないのに全員がマスクをして帰っていく光景が当たり前になっています。

・・・誰の目から見ても異常な社会ではないでしょうか。

これは、もはや感染対策ではなくなり、社会的圧力から身を守るためのマスクになっている事を表していると思います。

この様子を見ると、日本はメディアや同調圧力の影響から今だ抜け出せないでいる事を感じさせられます。

もちろん人それぞれ事情があると思います。

マスクをしようが、しなかろうが各自の意志は尊重されるべきだと思います。

どちらも一切悪くありませんし変でもありません。

ただ大方の本心はおかしいと思っているはずなのに同調圧力が厳しく、抜け出せなくなっている今の状況はかなりマズいと思います。

結果として、このようなおかしな事が強要される社会を皆で容認してしまっている事になるのです。

仕方のない部分もあるのかもしれません。

ですが、このまま今の風潮に流されていたら、どういう社会になってしまうでしょうか、子供達の将来はどうなってしまうでしょうか。

コロナ禍以降、貧困者は先進国のなかでは日本が1位になってしまっています。

中高生の自殺者数も過去最高を記録しています。

ある中学生の遺書には「こんな世の中は辛い・・・」と書かれていたそうです。

なぜでしょうか。真剣に考えなければいけないと思うのです。

これから社会が良くなるか、おかしな方向に行くかは私達11人の意識のあり方で決まります。

事実に目を向け、分断・競争・恐れではなく日本人の本来の生き方を見直す人達が増えてほしいと思います。

 

これまでマスク・消毒・ワクチンなどのコロナ対策はメディアで絶対に正しいかのように言われてきました。

各自の意志で判断する事は許されず、従う人が正しく、従わない人は反社会的とまで言われてきました。

そうして人々の意識は窮屈になり分断され、多くの人達が他人に冷たい目を向けるような精神状態になっていきました。

果たして本当に私達はこんな事で意見を違え、分断する必要があったのでしょうか。

それは、一番の感染対策と期待されていたワクチンを例に考えてると解るかと思います。

このワクチンに関して最近は次々と隠された事実が明かにされています。

接種後に体調不良になった人や、死亡した人が続出している事は皆様もご存知だと思います。

これらの状況を受けてアメリカ裁判所がワクチン開発社のファイザーにワクチンデータを開示するように命令しました。

そうして開示されたデータにはワクチンを接種する事によって1300種類以上の病気が発症するリスクが高まるとはっきり記されていました。

それを開発者達も認識していましたし、様々な病気の原因になる事がこれによって確認されたのです。

100万人に1人しか発症しないクロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)というものがあります。

最近、この病気の発症者が急増しているようですが、9割が接種者である事から、明らかにワクチンの影響によるものと指摘する専門家がたくさんいます。

神経難病、行動異常、不随意運動、歩行障害から始まり、急速に発症から数ヶ月で認知症になり半年以内に寝たきりになります。

ワクチン開始後に世界中でこの病気が急増し、20代や10代の若者まで発症しています。あり得えない事です。

また、コロナワクチンはメッセンジャーRNAを脂質ナノ粒子という油分で覆う構造になっている事は有名ですが、この脂質は排出されにくい構造になっています。

そのために卵巣・肝臓・脾臓に高濃度に蓄積されていく事が明らかになり、卵巣がん、不妊などの影響が甚大である事が解っています。

日本では女性の卵巣がんの発症率が歴代の統計史上最多を記録し、生殖障害・月経異常も5万件以上も増加しました。

ファイザーの公開された機密文書には、接種した女性の90%は流産か新生児死亡と記されていたようですが、現実に接種者の82%の妊婦は流産するか死産になってしまっている事が確認されています。

受け入れがたい事ですが、本当に起きている事なのです。

更に、ワクチン接種をすれば抗体によって免疫が高くなるとテレビなどで大々的に宣伝されていましたが、

これも調査によって、接種者の抗体保有率は25%~43%なのに対して、未接種者は76%~102%である事が明らかになっています。

つまり、未接種者の方が免疫が高いのです。この調査結果は日本だけではありません。

デンマークを中心にしたヨーロッパ各国の調査でもファイザー社・モデルナ社のワクチンはオミクロン株に対して効かないばかりか、

接種者は91日後から急速に体の免疫が衰え始め、感染対策にマイナスに作用する事が証明されています。

ファイザー製ワクチンは-765%、モデルナは-393ものマイナス効果です。

実際に世界1位のワクチン接種率となったシンガポールは感染者数が世界1となっています。

(1回目の接種率915% / 2回目905% / 3回目705)

ワクチン接種をすればするほど免疫が下がり、感染しやすくなる事がこうして証明されたわけです。

そして、イギリス国家統計局もワクチンを接種した子供(10歳~14)は未接種と比べて死亡率が30200%も増加している事を公式に認めています。

コロナ感染した場合、未接種者は458%の死亡率に対して、接種者は23837%となっており52倍もの上昇です。

数々の問題点が証明され、データ開示もされているのにも関わらずファイザー社は、「ワクチンは極めて安全である。これからも接種をするように」などと言い続けています。

アメリカではFDA生後6ヶ月以上の子供へのワクチン使用の許可を出し、これまでの5歳以上から接種対象者が引き下げられました。

同時期にファイザー社が臨床試験(フェーズ1)の不都合なデータ800人分を削除していた事が明らかになっています。

消えた参加者のデータからは、有害事象や死亡例があったことが認められています。

こういう事を知ると権力や大企業、メディアの言う事が如何に嘘なのかが解ると思います。

メディアの情報だけを正しいと信じて全体が動いてしまった為、感染対策に従う従わないで分断が生じ、他人を思いやったり、他人の意志を尊重する心が希薄になったように、社会の価値観まで変えさせられているのが実態なのです。

それならば、11人が対立や分断をやめ、これ以上一部の権力者や利権を求める企業に惑わされず、「この混乱社会をどう生きていけば良いのか」を考えていく事の方を共に目指すべきではないでしょうか。

 

今回の騒動ではメディアや権力の悪質な刷り込み(プロパガンダ)によって社会は変えられてしまいましたが、過去の歴史でもプロパガンダは繰り返されてきました。

その度に事実ではないものを信じ込まされ、多数の人達が従う・従わないで対立させられてきました。

人類の歴史が争いの連続であり、競争社会によって多くの人達が苦しんでいる大きな原因の1つは裏でこういう事が繰り返されてきているからなのです。

大袈裟な話ではなく、私達がそういう事を知り、気付き、今なお続く対立を繰り返さない生き方をする事が大切だと思います。

日本人の本当の力は、人・動物・植物・鉱物を自分を支えてくれる大切な存在と捉え、

武士道精神の「刀を抜かない・人を斬らない」に表されるような人を愛する生き方を尊ぶ心の深さです。

その価値観をあらゆる分野に広げ、循環社会を実現させる事のできる謙虚さです。

世界にはそんな日本を尊敬している国や人達がたくさんいます。

アジア各国は今も「私達は日本人のおかげで植民地から独立できた。日本人は私達の見本だ」と語り継いでくれている国がとても多いのです。

今のような競争や分断が蔓延る社会の中でも「それは違う」とあるべき道を示す力が日本人にはあるという事です。

このような時代こそ、おかしな風潮に流されず自分達の素晴らしい文化や心を大切にしてほしいと思います。

社会は良くなっていくと信じ、日本人の心・育んできた文化・失ってはならないものは何かに目を向ける人達が増えてくれる事を願います。

 

世界中でコロナ禍による規制が解除されています。

デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・リトアニア等は全規制撤廃、

フランス・スペイン・イタリアもマスクと消毒義務の解除、アジア各国もこれに続いています。

世界でいち早くワクチン4回目接種を進めたイスラエルも、「もはやコロナとは共存を考えていかなければならない段階に入った」と声明を出し、マスク・消毒・ワクチンパスポートを廃止しています。

イギリスも同様の対応をしており、更にPCR検査で陽性だったとしてもマスクなしで良いとなっています。

あれほど強制化を推し進めていたイギリスやイスラエルも今やこのような状況になっているのです。

これだけを見るとウイルス騒動は終息し、社会は落ち着いてくるのではないかと思わされますが、実際はその背後で更におかしな方向に進む動きが起きています。

例えばWHОは、

「次にコロナのような事態が起きた時は、全ての権力をWHОに集め各国が従うような体制にしていく」と発言し、

パンデミック協定という法案の成立に動いています。

その内容は、

・各国政府・議会・国民から全ての権限を剥奪し、WHОの手に委ねる。

・WHОは各国が将来発生する感染症にどのような対応をするべきなのか命令し決定する権限を持つ。

・この協定は国際法上、法的拘束力を持ち、各国の法律や憲法に変わり、全ての国がWHОの指示に従う。

という過激なものです。

各自の判断で行動する自由も、お互いの意思を理解し尊重する事も一切許さないという事になります。

人権も何もありません。

これは人々の安全と平和を願っての協定ではなく、一部の人達の権力強化のための準備である事が明白です。

WHОとワクチン開発者のビルゲイツ氏は、

「mRNA遺伝子治療を全ての国に提供できなかったのは、各国でワクチンを拒否した人達が多数いた事も原因のひとつである。

今後はこのような事がないよう先進国が団結して、全ての人達にWHОから強制力を行使できるようにする」

と発言しています。

その一方で「ワクチンは効かない」などと矛盾した事も平気で発言しているにも関わらずです。

https://note.com/nakamuraclinic/n/ne4c10709258b 

この流れで社会が進めばどうなってしまうでしょうか。

署名した国は、デジタルパス所持を強制化し、感染対策に従わない人は無期限の外出禁止にする事などが検討されています。

実現すれば、まさに管理社会です。

このような社会にしないためには、現実にこういう事が進んでいる事を多くの人が知り、自分の生き方をどうするか、次の世代のために何ができるか・何を伝えていくべきかを考えていく事だと思います。

お互いの意志を共有し、次に何か起きても冷静でいられるような準備をしなければいけないと思います。

実際、今最優先で検討すべきことは権力の強化などではなく、長引く感染対策で疲弊した人達、家族を失った人達、自粛などでお店や会社が破綻した人達に対する謝罪やケアだろうと思われた方も多いのではないでしょうか。

そもそも今回のコロナ騒動は本当にパンデミックだったのか怪しい点が多数ありました。

ワクチンにも同じことが言えます。

日本でもワクチン接種後に体調が急変し、家族を失った人達もたくさんいます。

ワクチン遺族の声2|中村 篤史/ナカムラクリニック|note

そういった不可解な点を明らかにする事もなく、裏で自分達の権力を強める事だけは進めています。

一部の人達の権力と利権を優先して物事が動いていく競争社会の実態がより明確になってきていると思わされます。

そして、これから権力の増大に向けて動いていくという意志が見えてきます。

ですから、肝心の国民がこのように好き勝手にされている事に気付けるかが重要になります。

何も知らずにメディアに誘導されたり、分断を深めている場合ではありません。

しかし、日本の現状はというと世界中がマスクや消毒はほぼ無意味であると認めているにも関わらず、今だに幼児から大人まで全ての感染対策が続けられ、5歳以下へのワクチン接種も進んでいます。

世界の実情に目を向けず、まるで時が止まったかのような状態です。

大半の人達もメディアに誘導されるかのように、

「いつまで続くんだろう・・・疲れる・・・もういいでしょ・・・」と言いながら感染対策を続けています。

・・・こんな状態で大丈夫なのでしょうか。

おかしいと思うならば自分の意志でやめても良いのではないでしょうか。

たとえ少しずつでも、「おかしいものはおかしい」と意志を示す。

そういった勇気ある姿を子供達に見せてあげても良いと思うのです。

案の定、そんな精神状態を表すかのように日本はパンデミック協定も署名をする流れになってきています。

おそらくメディアも、この協定に署名する事が正しいかのような報道をしてくる可能性が高いです。

普通に考えればとんでもない事です。

ですが今の状況では、メディアが言うからと大半の人達の意識がマスク・ワクチンに賛成する人が正しい、

ウクライナが正義で、ロシアが悪と認識する人が正しいという風潮になってしまったのと同じように、

ひとたびメディアが署名する事が正しいと報道すれば、協定にも平然と賛成する流れになってしまうかもしれません。

それぐらい日本人の心が疲弊し、物事の本質が見えなくなってしまっているように感じます。

2020年以降、コロナ禍、紛争、食糧問題、競争社会の激化で、日本を取り巻く状況は厳しさを増しています。

このような現実に目を向けず、大多数の人達がただ流されている今の状況が続けば、何年か経った後に「なんでこんな社会になってるんだろう・・・」と言いながら皆で後悔する事になってしまいます。

本当にそれで良いのでしょうか。

日本人の本当の力は心を中心とし、人・動物・植物・鉱物を自分を支えてくれる大切な存在と捉え、調和と循環を重んじ、

武士道精神に見られるように「刀を抜かない・人を斬らない」という人を愛する生き方を尊ぶ心の深さです。

競争・支配・搾取が横行するような社会では人が幸せになれないという事を日本人は解っていました。

そういう文化が本当に実現できていましたし、現代の日本人にもその力はしっかりと残っています。

11人が日本人である事を大切に思い、日本の文化や精神性がどれほど価値のあるものなのか、

それをもう一度見直す事が本当に必要な時だと思います。

 

今と同じく、昔も世界の価値観は競争・支配が中心でした。

ですが、そのような中でも日本は調和・循環の社会を守り続けてきました。

産業革命時代の列強国と日本の文化の違いを知るとよく解ります。

19世紀の西洋諸国、産業革命によって、ロンドンの人々の生活は一変していました。

過酷な児童労働、悪臭漂う路上、紡績機の前で休憩も与えられず1日中作業させられたり、炭鉱でトロッコ引きをさせられたりして作業や過労によってそのまま死亡という事も日常茶飯事、教育を受けられるのは一部の富裕層のみ、街の中心を流れるテムズ川は茶色く汚れ汚染され、石炭の煙が町中を多い建物も人々も煤にまみれで「霧の町」と称されるほど、犯罪が横行し、死体も路上に放置されているという状況だったようです。

白く清楚なドレス、贅沢なケーキと料理、豪華な衣服と宝石、いわゆる戦後の教育によって私達が思い込まされてきた華やかで優れているのが西洋の国々というのは作られたイメージです。

実際、こういった豪華な生活をしていた人は児童までも容赦なく酷使して利益を独占していました。

当時の歴史家のチャールズ・ディケンズ氏はその様子を、「彼らは人間を食らう飢えた魔物だ」という言葉を残しているほどです。

産業革命は工業や食料の生産を増加させた一方で、競争と争いを世界に広げる事になり、世界中で多くの人々を苦しめました。

アメリカではイギリスに大量の綿花を輸出するために、白人が黒人奴隷に鞭打ち過酷な労働を強制しており、

アジアの国々もこれら列強国によって支配と搾取をされていました。

大多数が搾取され、一部の人達が富と権力を握るのが世界の常識でした。

そのような時代に日本人は見事な社会を築いていました。

まず、西洋では大半の人達が読み書きできない状態であったのに対して、当時から日本は識字率が70%を越えていました。

ロンドンでは15%にも満たなかった時代にです。

江戸を訪れたドイツの使節団は、

「日本人はほとんどが読み書きができることに、私達は衝撃を受けている」と述べています。

そんな高い識字率を背景にして江戸時代には膨大な量の書物や文献が作成されました。

健康、料理、歴史、裁縫、観光、釣り、武士道の精神など様々な書物が作られました。

しかし、当時の本は大変貴重な物として扱われていたので気軽に買う事はできません。

そこで、より多くの人達のために本の販売ではなく、「貸本屋」という手法によって安価で多くの本を流通させていきました。

これならば生活が貧しい者でも関係なく、多くの学びができます。

農民たちは農業技術を記した本によって技術を学ぶ事ができ、堆肥や農具の改良に精を出す事ができました。

大工も同様に、清潔な上下水道を完備し、尿や便は全て肥料として活用する技術が完成するなど技術や知識が進歩し、世界中にある大都市と比べても江戸は世界一清潔な街と呼ばれるほどにまでなっています。

郵便物などは道の脇に籠のようなものが置いてあり、手紙と一緒に送料を入れて郵送してもらうという方式でした。

番人は誰もいないのに盗みを働く物はおらず、九州から東北まで正確に郵便物が届いたそうです。

あの時代に各地方に正確に手紙が届くのです。

当時、西洋人が江戸の街を見て、「家に鍵も錠前もないのに人々が全く盗みを働かない。こんな国が存在するのか・・・」と只々驚いていたという記録も数多く残されています。

物も徹底して大切に扱いました。

使い古された紙、布地、金属などの資源は専門の業者が回収し、必ずリサイクル、街に紙屑が落ちていようものなら「屑屋」という職業の業者がすぐに回収に来る上に、市民11人もゴミを大切に扱い屑屋に届けていた人も多かったといいます。

ゴミだろうが使い終えた古物であろうが、生きとし生けるものから頂いている、ひいては命を奪い使わせていただいてるという事をしっかりと自覚していたという事です。

ペリーも日本の文化に衝撃を受けて「我々が誇る文明国よりも遥かにすぐれた国である」と言っています。

支配・搾取・競争ではなく、調和と循環の社会だったのです。

そして、それに見合うだけの心の深さや道徳心も持ち合わせていました。

これなどは武士道精神の土台となるものです。

また、その武士も西洋の外交官達に、

「日本の武士は強力であり十分な武力がある。なのに庶民たちから略奪を一切しない。驚くべき事である。

 西洋の騎士で日本の武士のような振る舞いができる者が果たして何人いるのだろうか・・・日本には迂闊に手を出すべきではない」と言われているのです。

日本人はこのような素晴らしい社会を完成させていました。

鎖国し、あくまで自国の防衛と発展に力を尽くし、他国を侵略するような事もしませんでした。

当時からアジア全域からも絶大な信頼を集めていました。

なんせアジアの国に日本人が上陸すると現地の人達が警戒する事なく、必ず手厚く出迎えていたという記録が残っています。

当時は油断すれば外国勢力に侵略されるのが当たり前でしたので、警戒されるのが普通でしたが、日本人はそのような事はしないと現地の人達は確信していたのです。

大袈裟な話ではなく、日本人は自国だけではなく他国の人達の心も平和にしていたのです。

産業革命や植民地政策などによって競走や支配が広まっていた一方で、日本はその価値観に呑まれず信頼や信用を広げていたのです。

日本人はこういう生き方ができる力があるのです。

確かにその後は、外国勢力があまりに強引に迫ってきたので、日本は軍事力を強化し戦わざるおえなくなってはいきました。

しかし、それも日本が自発的に戦いや侵略に乗り出したわけではありませんでした。

侵略ではなく、植民地の解放や人種差別の撤廃などを目的としていたのであり、人間としての心を失ったりはしませんでした。

戦いが泥沼化し悲劇的な結末を迎えてしまった事は事実ですが、メディアはそこだけを執拗に取り上げて日本は暗くて悪い国だったと言っているのです。

ですが、事実は全く違い実際の日本はとても心ある文化です。

これを早く思い出す必要があると思います。

今のように競走や分断の価値観に流されて大切なものを捨て去っても良いのか真剣に考えるべきだと思います。

私はこのように誇りある事実をどんどんお互いに共有するべきだと思います。

昔と今は違うでしょ・・・そんな事はありません。

稽古すると実感できますが、今も日本人本来の気はまったく消えていません。

忘れているだけで、失われてはいません。

もっと日本人である事を喜び、希望を持つべきだと思います。

それに気付き、深めていく事が1人1人が変わっていく事にもなると思うのです。

社会は良くなっていくと信じ、日本人の心・育んできた文化・失ってはならないものは何かに目を向ける人達が増えてくれる事を願います。

 


無駄に長引くコロナ禍、ロシアとウクライナの紛争など社会の混乱が続いています。

少し前まではコロナ禍一色でしたが、最近は紛争も起きてしまい社会は今だ落ち着く気配がありません。

また、メディアもコロナから紛争に話題が変わっても依然として詳細な事実を伝えようとはせず、まるで私達の意識を誘導するかのような偏向報道を続けています。

その結果、コロナでワクチンやマスク賛成・反対と社会的分断が起きたのと同じような構図で、今度はウクライナが正義・ロシアが悪のような風潮が蔓延しています。

コロナ禍以降、どうもメディアの煽りによって社会が一気に極端な方向に向かってしまう流れが顕著になっているように感じますが、とても危険な事ではないでしょうか。

このままの流れでいったらどういう社会になってしまうかを11人がよく考える必要があると思います。

メディアに煽られるのではなく、事実に目を向け、日本人としてどう生きれば良いのか考えていく事がより大切な時代になっていると思います。

 

コロナ同様に今回の紛争関連の報道もだいぶ事実とは違う事が伝えられ、今の日本の方向性が危うい事を感じさせられます。

確かに連日の映像を使ったプロパガンダが凄く、あんな悲惨な映像を毎日見せられたら冷静さを失ってしまうと思います。

ですが、テレビが流す破壊された街、負傷した人々の映像がどこまで本当なのか、本当にロシアの仕業なのか、かなり怪しいものがあります。

例えば、メディアはウクライナの人気リゾートホテルがロシアによって無残にも破壊されたと報道し、ウクライナの人達にとって大切な心の拠り所が奪われたなどと煽っていました。

しかし、このホテルはウクライナのホテルではなく、セルビアの単に修復工事をされているだけのリゾートホテルである事が複数のジャーナリストによって暴露されています。

また、ロシア軍の攻撃によって負傷したとされる血まみれの女性の写真がイギリスのザ・ガーディアン等の主要メディアや、日本の毎日新聞のトップ記事で大々的に宣伝されましたが、この写真は2018年のガス爆発によって負傷した女性の写真であり明らかなフェイクニュースである事が明らかになっています。 

更に、226日にウクライナのインナ・デルソバという軍医女性がロシアの攻撃によって死亡したと報道されました。

女性で初の犠牲者という事でウクライナの英雄の称号を贈られるほどの式典が開かれました。

しかしその後、313日にウクライナ大統領が負傷兵の慰問に訪れていた際に隣を歩いていた事が明らかにされています。

この他にも数々の証拠が提示されているにも関わらず、ウクライナ政府は曖昧な回答に終始しているのです。

また、ウクライナは民間人を意図的に巻き込むような事もしています。

戦闘への参加を拒否したり、逃げたりする民間人には下半身を露出させて柱に縛り付けて尻を叩きまくっていたり、学校でも住民を抑えつけて泣き叫んでいる女性の映像など多数の拷問を繰り返しています。

これらの情報の大半は実際に見ていた人達によって暴露されているのです。

この事から見えてくるのは、ウクライナの人達も軍や政府のやり方に反発しており、その酷さを私達にも訴えているという事ではないでしょうか。

日本のテレビでは正義と称賛されているはずのウクライナですが、実際には称賛しがたい現実もあるのです。

一方で悪といわれているロシアはどうなのでしょうか。

ロシアは攻撃目標をかなり限定しており、空爆なども軍事施設だけに限って行われています。

民間人を巻き込まないように水道・ガス・通信インフラ・住宅地・農村も一切手を出していません。

戦闘地域で孤立している人には独自で脱出経路を確保し、そこから脱出させ食料などの物資も援助しているのです。

脱出できない場合も可能な限り救出して回っています。

これらも同じく現地で実際に見ているジャーナリストと民間人からの証言によって明らかになっている事です

こういう事実や証言を知ると、日本のテレビが流す一方的にロシアを悪だとする見方とは違う世界が見えてくると思います。

ロシアが正しいわけではないにせよ、少なくともウクライナが正義だという事はないはずです。

しかし、日本はというとウクライナ大統領を国会演説に招き、日本側は演説終了後にスタンディングオベーションで大喝采をしています。

更に、参議院議長なる人物が、

「ゼレンスキー閣下がウクライナの先頭に立ち、貴国の人々が命も顧みず、国のために戦っている姿を拝見して、その勇気に感動しております。」と発言してこれも大喝采を受けています。

自国民を弾圧しているようなウクライナを安易に正義と決めつけ、「閣下!」とスタンディングオベーションです。

・・・これを皆様はどう思われるでしょうか。

日本はこんな異常な事をする国だったでしょうか。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c98d40d6b93bdb8ef0b5730a76918511315d3ab9 

これに続くように世の中の意見の大半も、「ロシア最悪、ウクライナ可哀想・・・許せない!」です。

「何でマスクをしないんだ!」ではありませんが、ワクチンやマスクに疑問を呈する人達を一方的に悪と決めつけるのと同じ構図です。

・・・こんな事で本当に大丈夫なのでしょうか。

ロシアは、この一連の行動を見て、日本を敵国認定してしまいました。

日本近海はロシア艦隊の頻繁な周回行動を受けています。

安易な二元論は分断を増長させ、このような事態を招く事になります。

日本にはロシアと姉妹提携都市として長年友好関係を築いてきた自治体もあります。

そのようなロシアの人達は心を痛めています。

そういった人達も巻き込んで、関係を破壊する道を進んでいます。

コロナで人々が分断して、今度は国同士が分断です。

競争社会の激化・コロナ・紛争など分断の連鎖が常態化しています。

日本人として本当にそれで良いのでしょうか。

私達はこの状況をどう考えていけば良いでしょうか。

 

それを考える良い例として、日本で起きたマリア・ルス号事件というものがあります。

明治565日、中国(当時の清国)のマカオからペルーに向けて出航したマリア・ルス号が修理のため横浜港に立ち寄ります。

ところが、4日後の9日にこの船から1人の中国人が助けを求めて下船してきました。

彼の名前は木慶、船の中で酷い虐待を受けているというのです。

実は、この船は中国人231人を奴隷としてペルーに移住させるためのものだったのです。

231人の奴隷はポルトガル人から移民出国の契約書へ無理矢理サインをさせられ、この船に乗せられていたのですが、船内でのあまりの虐待に苦しんだ木慶が、船を脱出し日本に助けを求めてきたのです。

事情を知った日本側は木慶の身柄を引き取ります、同時にマリア・ルス号の船長を呼び出して話を聞く事にします。

すると船長は言います。「悪かったよ。もうしない。」と、如何にも軽々しい謝罪でしたので、日本側も念には念を押して船長を問い詰めます。

日本「脱出した木慶を責めないと我々に約束してもらう」、

船長「解った。安全にペルーまで運ぶよ」と言うので、ひとまずは木慶をはじめとした人達を奴隷扱いしない事を条件に身柄を引き渡します。

しかし、この約束はすぐに破られ、木慶は鞭打ちで無残にも処罰されてしまいます。

あまりの酷さに耐えかねて、今度は別の中国人が助けを求めてきます。

この船は問題であるとはっきり認識した日本側はすぐさまマリア・ルス号を奴隷運搬船と認定し、中国人や奴隷を助けるために動きます。

しかし、当時のマカオはポルトガルに植民地支配をされており、横浜港に着いたこのマリア・ルス号もポルトガルの船でした。

という事は、当時の列強国トップで世界支配者でもあったポルトガルを相手にする事になります。

そのため、当初は日本も外務省が奴隷の救出に難色を示すほど、ポルトガルに物申すという事は危険極まりない行為でした。

しかし、日本は人道主義を貫こうと動きます。

日本側はこの事件はあくまで日本に管轄権があるとして法廷を開き、マリア・ルス号の横浜からの出航を停止し、奴隷全員を下船させます。

そして、奴隷となっていた人達に宿舎を用意し、衣食を提供し、散髪、入浴、医療にいたるまで手厚く世話をしたのです。

当時、世界でこのような対応をしたのは日本だけです。

この考えられない対応に奴隷扱いをされていた人達は深く感動します。

そして、法廷によって中国人の虐待は不法行為であり、即座に開放するべきとの判決を下すのです。

一方で、船長にも2度とこのような非道を行わない事を条件に情状酌量を与え無罪ともしたのです。

正義・悪と切り分けず、日本と中国・ポルトガルを争わせないために毅然としながらも必要以上に裁かない。

当時の日本はこのような勇気と知恵を持った人がたくさんいたのです。

その後、船長は反発して別の訴訟を起こしたのですが、これにも毅然と対応し、裁判によって契約無効の判決を下しました。

こうして奴隷民231人を中国に引き渡し、事件は終結します。

当時のニューヨークタイムズは、

「日本の対応は驚愕と称賛に値する。日本人の示した武士道精神と意図は大変公正で人道に適ったものである。この日本の姿勢から多くを学び取るべきである」と記事にしています。

当時は、奴隷や人種差別が当たり前だった時代です。

国際社会から貿易の阻害だ!と攻撃される可能性もありました。

にもかかわらず、日本は人種差別を認めない。奴隷など断じて認めない。と世界に向けて意志を示しました。

世界の人達もこんな常識はおかしいと本音では思っていたのでしょう。

この日本の行動が報道されると、世界中で賛同の声が上がり、世界各国で奴隷の売買を禁ずる法令が進んでいきます。

マリア・ルス号から解放された中国人も日本人が手厚く保護してくれた事を政府に報告し、日本と中国の友好関係が急速に進んでいくのです。

当時の世界で最も平等な条約と称賛された日清修好条規もこの時期に結ばれたものです。

また、マリア・ルス号事件をきっかけにロシア側からも関係を結びたいと申し出を受け条約を結び、領土問題も鮮やかに解決しています。

両国一致で樺太千島交換条約をとても穏便に結ぶことが出来たのです。

ロシアは当時から欧州諸国とは関係が緊張状態にありましたので、余計に信頼して協力できるような国が必要でした。

そのような時に日本の行動は中国だけではなくロシアの心も掴みました。

今の日本と中国・ロシアとの関係からは考えられません。

もちろん外交上に必要な交渉力や地政学的・経済的なメリットなどの要素が合意したから結びついた部分もあります。

生き残るには打算や戦略、駆け引きも必要です。

ですが、当時の日本人がそれ以上に大切なものは何かを見失わず、その姿勢が信頼されたからこそ成立した出来事ではないでしょうか。

この時代もコロナ禍と同じで、誰もが理不尽を理不尽とも思わなくなってしまい、それに対して声が上がる事もなかったのです。

日本はそういう状況でこのような事ができたのです。

これから解るように、当時の日本が荒んだ状況を乗り越えてこれたのは競争や対立に惑わされず、心の道に基づいた判断や行動があったからなのです。

今、毎日苦しむ人達が増え続けています。どうすれば良いでしょうか・・・。

解決の重要な一歩が日本人の精神を思い出す事ではないでしょうか。

方法論ではなく、根本である私達の心が変われるかだと思います。

人・動物・植物・鉱物を自分を支えてくれる大切な存在と捉え、調和と循環を重んじること、

武士道精神に見られるように「刀を抜かない・人を斬らない」という人を愛する生き方を尊ぶこと、

そこからもう一度、日本精神の価値に気付き知ることではないでしょうか。

昔と今は違うと言う人もいます。

ですが、稽古すると実感できますが、今も日本人本来の気はまったく消えていません。

忘れているだけで、失われてはいません。

ここに大きな可能性があります。希望というと大袈裟かもしれませんが本当に日本人は素晴らしい力を持っています。

それに気付き、深めていく事が1人1人が変わっていく事にもなると思うのです。

皆様の気はしっかりと伝わりますし、私もまだまだやれる事はあるのではないかと思わされます。

これからも皆様と生き方を深めていく事で、自分も周りも共に変わっていけるよう大切に稽古をさせていただきたいと思います。

社会は良くなっていくと信じ、日本人の心・育んできた文化・失ってはならないものは何かに目を向ける人達が増えてくれる事を願います。

 



このページのトップヘ